アーティスト・高屋永遠がCO₂を活用した新素材を用いて 新作【Morphology of Breath 呼吸の形態学】を発表

アーティスト・高屋永遠は、CO₂を活用した次世代ポリマー素材を用いた新作「Morphology of Breath 呼吸の形態学」を発表いたします。本作は、気候変動に向けて開発された新素材を起点に、呼吸の循環に関わるCO₂が新たな物質へと転換し、光・身体・環境が交差する“現象”として立ち上がる過程を探究するものです。現象学的な知覚の揺らぎを通じて、世界との関係性を静かに問い直します。

本作では、CO₂由来ポリマーに微細粒子・鉱物片・光学層を組み合わせ、光の入射角や湿度・温度の変化に応答して生じる層構造の可変性を可視化しています。

■素材説明 CO₂由来ポリマー(炭素循環型材料)

本作で用いられているポリマー素材は、CO₂と有機化合物が反応することで生成される、次世代の新しい物質です。地球温暖化の一因とされるCO₂を原料とし再利用できる特性を持ち、“排出物”として扱われてきたものを、新しい物質へと転換する可能性を秘めています。
この素材の創出は、単に環境負荷の低減に寄与するだけでなく、物質そのものが内包する光学的・構造的な揺らぎを可視化する契機にもなります。アーティスト・高屋永遠は、CO₂の“変換”という過程そのものに、生命と環境の循環が立ち上がる新しい表現の可能性を見出しています。

■新素材ポリマーが導く新しい表現

今回、作品に使用されるポリマーは、CO₂排出の増加が地球温暖化を深刻化させるなか、脱炭素社会に向けた重要な取り組みのひとつとして、資生堂みらい開発研究所 金子亮介研究員らが研究を進めているものです。この度、金子氏との共同で、本素材を用いたアート作品の制作が実現しました。CO₂由来ポリマーを光学現象として芸術作品へ展開する取り組みは、国内外でも前例が少なく、本作はその初期的試みのひとつとなります。

このポリマーは、環境課題への強い問題意識から進められている基礎研究に端を発する物質であり、石や貝殻のような有機的テクスチャーを持ちながら、乱反射という独自の特性を備えています。また研究段階にありますが、将来的にはプラスチック削減にも寄与しうる素材として期待され、今後の新しい素材トレンドの一つになることが予測されています。

高屋は、この素材が持つ社会的背景と光学・知覚的な質感に着目し、素材そのものを機能的素材から生命感や光の変化を伴う“現象的な表現媒体”として位置付けています。光や質感がどのように知覚へと立ち上がるかという「現象」そのものを観察し、体験として提示する試みであり、物質と環境、鑑賞者の身体が交差する新しい知覚の場を創出しています。

本作は、CO₂由来ポリマーに複数の微細層を重ね、光の入射角によって表面・中層・深層の反射が異なる挙動を示すよう構成されています。湿度や温度のわずかな変化が層間の光学挙動に影響を及ぼし、像が継続的に変位し続ける“呼吸する表面”として立ち現れます。

■高屋永遠の実践:異分野への橋架

高屋は、資生堂との共同研究でのパール剤を起点に、土・植物・化粧原料・金属などのローカル素材を自作色材として探究し、アーティストの立場から多様な専門領域との協働を発展させてきました。近年は、絵画を基盤としつつも、光・空間・知覚を横断する現象的な領域へと実践を拡張しています。
今回のポリマー素材との出会いは、環境変動と密接に関わるこの新素材が持つ特性が、高屋の関心と結びついたことにより実現しました。素材の背景にある環境課題や物質生成のプロセスを作品へと再解釈することで、芸術が社会とどのように接続し得るのかを考える新たな契機となっています。また、高屋は学際的なプロジェクトを通して、新素材の価値をアートの視点から社会へ開く取り組みも進めています。これらの実践は、能登半島地震での復興支援プロジェクトにも展開し、環境・光・身体が交差する「現象の絵画」へと昇華されています。

〜以下、高屋永遠より

二酸化炭素安定化材料(以下、CO₂ポリマー)を扱う際に私が重視しているのは、 この素材が単なる環境技術の副産物ではなく、 「相変化を内包する層構造体」であるという点です。

ポリマーは、光、温度、湿度といった外的条件のわずかな変動に対して、 その表面・内部の応答が異なる時間スケールの応答を示します。この「微視的な遅延」こそ、私の作品に特有の「像が生成される過程そのもの」と深く共鳴すると考えます。


私の制作では、現象の立ち上がりを大きく三つの層として捉えています。

  1. 光学的揺らぎの層

    反射・屈折・散乱が相互に干渉し、像の前駆的な運動が生まれる。

  2. 呼吸的変位の層

    色と光が可変的なリズムを持ち、像が相として成立しはじめる領域。

  3. 深度としての物質層

    最終的に像が沈降し、安定した実在へ移行する静的領域。


CO₂ポリマーは、これら三層の振る舞いを単一素材の内部に併せ持ちます。外部環境の揺らぎに応答しながら、光学的・物質的・時間的プロセスを一体的に担う点において、従来の絵画素材とは根本的に異なるのです。つまり、像の成立を外在的に「描く」のではなく、素材が内部で現象生成を演算するようなものだと考えています。

この制作を通して、私の関心は、物質を媒体として扱うことではなく、 物質がどのように現象を生成しうるかという構造的条件に向けられています。 CO₂ポリマーは環境変動への応答を内部に保持し、その挙動が像の成立過程と直接結びつくことから、素材研究は必然的に「現象が立ち上がる仕組み」の考察へと接続されるのです。つまり、この素材の探究行為は、環境技術への応答ではなく、 現象学的・物質存在論的な問い──すなわち、現象はいかに生じ、 どのように物質へと現前するのか──への連続的な実践として位置づけられるのではないでしょうか。

■アーティストトークを開催 -CO₂ポリマーを含む作品制作について語る-

12月25日まで鎌倉画廊にて開催中の個展「真空の輪郭|Contours of the Unseen」にあわせ、高屋永遠によるアーティストトークを行います。

本トークでは、高屋が美術を通して探求してきた「世界との関わり」をテーマに、CO₂ポリマーを用いた新作を含め、本展における制作と思考のプロセスについてゲストを迎えてお話しします。

像はどのように生まれ、どこまでが作品なのか。人間は世界と、どのように関わり得るのかー。素材探究と「見る」という行為のあいだに立ち上がる、制作と鑑賞の経験について掘り下げていきます。

[ゲスト]
黒澤聖覇(キュレーター・アーティスト)
中村直子(臨床心理士)

[日時]
2025年12月21日 (Sun) 14:00–

[会場]
鎌倉画廊 
※駐車場についてはお電話にてお問い合わせください
会場住所:神奈川県鎌倉市鎌倉山4-1-11
(12月21日は特別営業)

アーティストプロフィール|高屋永遠(Takaya Towa)

ロンドン芸術大学セントラル・セント・マーティンズ、ロンドン大学ゴールドスミス・カレッジ美術学科卒。現在東京を拠点に制作。
人間の視覚認識──色、光、奥行き、像の立ち上がり──のメカニズムを基点に、鑑賞者と作品のあいだに「一回性の現象」が生まれる体験を探求している。国内外の土・植物・化粧原料・金属などから独自に精製した色材や、展示空間の光環境を取り込むことで、鑑賞位置によって像が変位する新たな視覚経験を構築している。

2022年より資生堂との共同研究にて化粧原料の光学的性質を応用した絵画表現を研究し、横浜・S/PARKで成果展「揺動する絵画空間」を発表。2025年には学術誌に共著論文「絵画技法の画種横断的分類」を発表し、学際的研究を進めている。同年、日本の時計ブランド MINASE と協働し、光環境に応じて色彩が移ろう文字盤「悠彩」を発表。

2019年よりWHYNOT.TOKYOを主宰。コロナ禍では作家支援を行い、2023年以降は珠洲焼復興支援など社会的実践へと活動を拡張。制作現場の知見共有、領域横断の協働、地域文化との連携を通じて、創作が持続し生態系として循環する基盤を築いている。

<主な展覧会>
2025 真空の輪郭 / 鎌倉画廊(神奈川)
2025 re: materiality  / hakari contemporary (京都)
2025 流転と無限  / 日本国際芸術祭・大阪・関西万博展 (夢洲)
2025 ART FAIR TOKYO  / 東京国際フォーラム(東京)
2025   個展 「無限の形象」 / 銀座三越(東京)
2025   個展 「雨粒は花となり、宙に舞うまで」 /Lurf  Gallery (東京)
2024 第2回日本国際芸術祭 未来を創るU35展 / 御寺泉涌寺 舎利殿(京都・日本)
2024 Art Fair Beppu 2024 / 別府国際観光港(大分)
2024 Kiaf SEOUL / COEX(ソウル・韓国)
2024 SUMMER SHOW / Redcar Contemporary Art Gallery(レッドカー・英国)
2024 TOKYO gendai / パシフィコ横浜(神奈川)
2024 個展 It calls : shades of innocence / Lurf MUSEUM(東京)
2023 研究成果展 揺動する絵画空間 / 資生堂グローバルイノベーションセンター(神奈川)
2023 個展 JOY AFTER ALL - 花信風 / Lurf MUSEUM(東京)
2023 Chroma Distance / POLA MUSEUM ANNEX(東京)
2022 diverse paintings / 西武渋谷店 美術画廊(東京)
2019 ART FAIR TOKYO 2019 / 東京国際フォーラム(東京)
2016 ON the THERESHOLD II: Formal Presence / Oriental Museum(ダラム・英国)
2009 第83回国展 入選 国立新美術館 (東京)

個人、企業・大学コレクションに多数収蔵。

高屋永遠 ウェブサイト
高屋永遠 インスタグラム 


ゲストプロフィール|黒澤聖覇(Seiha Kurosawa)

キュレーター。東京藝術大学大学院国際芸術創造研究科修了。
草間彌生美術館、金沢21世紀美術館の学芸員を経て、現在はアジア現代美術を軸とした私設アートセンターPAN沖縄準備室 キュレーター/プロジェクト・マネージャー。

金沢21世紀美術館、草間彌生美術館での企画展のほか、タイランド・ビエンナーレ、モスクワ・ビエンナーレなど国際展にも多数参加。

第60回ヴェネチア・ビエンナーレ国際美術展、日本館作家推薦委員ほか、各文化機関・教育機関にて活動。

黒沢聖覇 ウェブサイト 


ゲストプロフィール|中村直子(Naoko Nakamura)

臨床心理士。ユング派分析家資格候補生。
Essex大学 PhD候補生。

市区町村相談機関、心療内科等で、幼児から大人までを対象にカウンセリング、夢分析、心理検査を20年以上にわたり実施。

スイスIMDビジネススクールにて自己理解セッションを提供した経験を持つ。
固定翼自家用操縦士免許を保持。
ナマケモノをこよなく愛し、現在コスタリカ在住。

中村直子 ウェブサイト